神社のセキュリティ対策とは?

現代のセキュリティについて考えました。

自動車とコンピューターのブログで「神社」とはどういうことなのか?と思われるでしょうね。

でも、あながち遠くないんですよ。

どうやら神社の絵馬にちょっとした変化が起きているようなんです。

絵馬に何が起きているのか?

絵馬には願い事や目標を書いて神社に飾りますよね。

これにはある意味で個人的なことが書かれます。そして、書いた人の名前や住所の一部も書きます。なんでも、神様にはどこのだれかを明確にしないと思いが伝わらないそうですから。

ところが、最近個人情報を見られたくないということで、絵馬に個人情報保護シールを貼り付けるのだとか。何とも現代的な発想ですが、これで願いがかなうのかどうか何とも微妙な気がします。

絵馬とセキュリティ

なんとなく話の趣旨が分かったと思いますが、この見方によっては行き過ぎたセキュリティは「どうなんだろうか?」ということです。

個人情報を守るあまり、何もかも非公開にすることは本当にいいことなんだろうか?と疑問に思います。もし、すべてを公開したくないなら、例えば電話帳に情報を載せてはいけないでしょう。

そうなると、郵便や宅配便は届かないし、ましてや出前のラーメンや寿司も届かなくなります。

個人情報を守ることの意味とは?

個人情報を守ったり非公開にするのは、自分に対する危害や損失が生じないためです。そして、他人の情報であれば、相手に対して迷惑がかからないようにするためでもあります。

逆に言えば、何の危害も受けないのであれば個人情報はできるだけ公開すべきでしょう。そうしないと何もかもが非公開になって、友達にも一切本名を明かさずにニックネームで呼び合うことになるでしょう。全く素性の分からない相手と付き合うことの方がよほど怖いと思いますがね。

ただし、コンピューターの場合はやや性格が異なります。

コンピューターの場合は、自分だけではなく他人へ多大なる迷惑を与えてしまうことになりかねません。データの複製が簡単だし、コンピューターそのものを外部から操られてしまうことがあります。

そうなると、個人情報を含めたセキュリティを正しく設定しておかないと、取り返しのつかないことになりますから。

まとめ

セキュリティというものは、状況に応じてゆるめたり厳しくしたりすればよいのだと思います。何が何でも情報流出を防ぐということでもないように思うんです。

絵馬に書いてある情報から一体何が漏れるのか? どんな危害や損害があるのか? といろいろ考えると、「何か被害をこうむることってあるのかな?」と非常に疑問です。

あまりにもセキュリティに敏感になりすぎて、ありもしない恐怖を勝手に作り出しているんじゃないかと心配になります。

ちょっと世の中がおかしな方向に行ってしまっているように感じてならないですね。でも、これがいわゆる「普通」ってことになるのかなぁ...。

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